ポスト印象派はへたと言っていい
最近現代アートからさかのぼって印象派~ポスト印象派もいくらか調べてるけど、ルソーはその中でもまた特殊で面白い。山田五郎さんの4回にわたるルソー回とかが面白かった。
なんか「西洋絵画」というと昔は遠近法とか写実的に描く技法がすごい所謂「うまい絵」という印象があったけど、どうもゴッホ・セザンヌ・ルソーあたりのポスト印象派になると様子が変わってくる。
印象派の人たちは色使いやテーマが自由になってきたとは言え、デッサンなどはわりとまともで遠近法などもちゃんとできている人たちが多かったが、ポスト印象派といわれるようなゴッホ・セザンヌ・ルソーあたりはけっこうそこらへんがグダグダだ(セザンヌはだんだんうまくなってるけど)
自分も今までわかってないなりになんか「世間的に評価されてるけどこれ別に上手くはなくない?」ってうっすら思ってた。でもなんか世間的にはなぜか評価されているし悪く言うのもわかってない感じであれかなと、王様が裸だと指摘できない人みたいなもやもやはあった。
でもなんかいろいろと知識が付くとやっぱりデッサンとか遠近法とかの古典絵画の技法の文脈ではポスト印象派の人たちはぜんぜんできていなくて、そこに関しては正直ヘタと普通に言っていいらしい(動画でも山田五郎さんもデッサンとか遠近法とかの観点ではボロクソに言ってる)。ゴッホ・セザンヌ・ルソーあたりが生前は評価されなかったのもそういう点ではしょうがないところはあるようだ。ただヘタだけどその時代ではまだ評価されていなかった新しい「いい絵」を作っていたのは確かだ。
というより古典的絵画の技法ができないヘタな画家なりにずっと描き続けたからこそ新しい時代の絵画を開拓できたのだというところらしい。セザンヌは遠近法がどうしてもできなかったからこそキュビスムの前身となるような遠近法にこだわらない描き方を編み出せたし、ルソーは遠近法もデッサンもグダグダだけど子供のような無垢さで世界を描きつづけてピカソへ影響を与えたし。
ルソーの絵は正直手放しでほめる感じの絵じゃないとは思うけど、「好きなもの・偉大なものは大きく描く」とか「靴が描けないから足元がなんか変でちょっと浮いてるようにみえるし、自分でも途中で気が付いたから草で隠してる」とか「葉っぱにやたら固執するとか」の視点をもらうと確かに面白く見える。市民の時代になって写真も普及してきている、それまでの古典絵画から新しい価値観の絵画への変遷の時代にあの絵を描いたのは確かにすごいなとは思う。
個人的にポスト印象派の中でゴッホは正直イマイチではある。点描みたいな技法は印象的だし面白いとは思うが、あの時代では点描はゴッホだけがやってたわけでもないし。筆遣い、色使いに勢いがあるのはたしかにいいがその後の発展形のフォーヴィズムと比べるとなんか中途半端な感じもある。なので西洋絵画の変遷的な博物史的な意味はたしかにあるし、その時代の絵としては良い気はするが、現代において絵が単体で好きかと言われると正直そこまでという感じだ。
なんかどうにもゴッホは生前評価されず病気に苦しみ悲劇的な最期を遂げたみたいな「ストーリーで飾られて資本主義的アート化された存在」として見えてしまう。なのでゴッホ自体というよりはそれをいいように利用する存在への嫌悪感がどうにもある。
アンディ・ウォーホルのマリリン・モンローの死をテーマにしたポップアートとゴッホの自画像やひまわりがいいように”アート”として消費されるのはおんなじ感じかも。