いまひとたびのVRChat、2026年GW

1,523文字3分で読めます

GWの休みでちょっと時間に空きがあったので、ひさびさにVRChatをやってみている。ちょっと前のアカウントも消してしまったし、死蔵していたフレンドがほとんどいないサブアカウントで入ってもパブリックでうろうろするぐらいの遊び方しかできないので、GWみたいな新しい人が多そうな時期はまたやるにいいかなと思ったのもある。

しかしVRChatはまあなんかアクセサリーとか機能はまた増えてるみたいだけどあんまり何かが変わっている感じではない。日本語集会場的なワールドもいくつか新しいのができていたけど、相変わらず話すきっかけもないし、いる人たちもただ集まってるだけみたいな感じだし。

どうしたもんかなと思ったけど、なぜか中国の人たちがたまり場にしている「Japan Shrine」というお馴染みのワールドがどうにもちょうどいい感じだった。基本中国語が話されている中で日本語が聞こえるとそれだけで話すきっかけになるという、「海外旅行先で出会った同郷の人は仲間意識が芽生えて仲良くなれる」みたいなちょうどよさがある。

結局のところ「自分と近い人だ」という感覚は相対的なものなので、「全員日本語が話せる前提→面白い人と交流したい」だけど「いろんな言語や人がいる混沌とした環境→日本語話せるだけでもOK」と基準がかわるだけだけでぐっと話しやすくなる。

昨日今日と夜に入ってたけど、Japan Shrineでいろんな初見の人と交流できて面白かった。数年前にフレンドオンリーみたいなところでだらだらいつもと同じ人たちと話していた時期もあれはあれでよかったけど、長期的な人間関係はどうにもマンネリ化したり自分と合わない点がよくよく見えてしまったりと苦しい。

VRChatでの深い人間関係はだいぶ過剰な感じになりがちな気がする。一般的に友人とはそんなに長時間一緒にいないものだ。月に一度や二度会うぐらいがよさそうな気はする。

SNS依存の症状にFOMOというのがあるらしい。

SNSのFOMO(Fear of Missing Out/取り残される恐怖)は、SNS上で他人が楽しんでいる様子や最新情報を見て、「自分だけが取り残される(楽しめていない)のではないか」という強い不安・焦燥感を抱く心理現象

自分も一時期これにだいぶなっていたかも。いつも張り付いていないと面白いことをみのがすかもしれないとか、話題についていけなくなるかもしれないとか、そういうSNSにありがちなものは現代病な感じはある。

結局のところ「自分の感覚を基準とした趣味を持とう」という話ではある。他者を媒介しなければ退屈を紛らわせない状態はだいぶ不健全な状態だ。「いろんなコミュニティに所属しよう」などともいわれるが、個人的にはそれは正しくなくて「個人の趣味を主軸にして、コミュニティはそれに従属するようにする(他者の存在は必須でないし所属しなくてもよい)」ってのがいい気がする。

人との関係性の維持を主体にすると、ぜんぜん興味もないのに関係性を維持したいだけを目的として趣味を無理に合わせようとしたりしてしまう。それは今まで何回もやってしまってほとんどが苦しい結果になった。もちろん始めるきっかけとしてはいいが、それを一人でやっても楽しく感じないならやめてしまっていい。それを継続しないと続けられない関係性なら徐々に離れたほうがよい。

まあ現代のSNSは電子ドラッグみたいなような作りをしてて人間を報酬系ハックしてくるから、気が付かないまま中毒になってるのはしょうがないところもあるとは思う。ただ自分を定期的に客観視して「あ、いま自分はそうしないといけないと思い込んでるだけかも」としないといけなさそう。

なかなか難しいところだけど。