映画「ドリーム・シナリオ」感想
この記事にはネタバレが含まれます。
先日見た「ウィリーズ・ワンダーランド」の流れでニコラス・ケイジ主演の映画を続けて。今作は作りが丁寧ではあったけど最後まで救いがないつらい気持ちになる映画だった。
話しの流れとしてはニコラス・ケイジ主演の大学教授があるときから突然他人の夢に出るようになる。本人の性格を反映してか最初はただなにもせず立ち尽くしているだけで「夢でみたあの人」と一躍有名になっていく。最初はバズって調子に乗るし家族仲も良くなるが、途中で浮気・嫉妬・怒りなどを覚えた結果他人の夢にもトラウマを与えるレベルの影響を及ぼすようになり現実にもその影響が波及していく……。
「他人の夢に入り込む」「夢が現実に侵食していく」というのは、今敏監督作品の「パプリカ」を思い出す。パプリカは幻想や狂気のほうの表現だった気がするが、「ドリーム・シナリオ」は途中からはホラーというか。ホラーのなかでも社会から迫害されるタイプの恐怖があった。
今作の「夢」は現代のSNSのメタファーな感じもある。自分の本来やりたかったこととはちがうちょっとしたことでバズって最初はちやほやされるが、だんだんとそれがコントロールできなくなっていき、悪い方向にも作用するようになり、他人が勝手に作った幻想で自身の人格が見られもせず否定され、本当に大事だった家族とは疎遠になり、名が売れたおかげで夢だった本は出せたが失ったものの大きさに比べたら空虚であった。そして夢の中で失った過去を見て「これが現実ならよかったのに」と終わる。
最後らへんでこの教授の件をきっかけにして集合的無意識へのアクセスが解明されたとかでブレスレット型の装置が発明、夢に現れて商品を紹介する「夢インフルエンサー」みたいな人たちが急に出てくる。なんか唐突な感じはするが、今作の「夢」がSNSとかバズのメタファーなんだよという補助線なら納得感はある。
あれだけ騒がれたのに急に夢から消えるのも、人々から忘れられた過去の人という感じで。サイン会に人が来るぐらいにはフランスでまだ人気ではあるけど、折れた電灯にケガさせられるのはこれは罰なんだという演出なのかな。
今作は面白い映画かというと微妙な感じだけど、なんというか丁寧な作りの映画だなというのは感じた。特に中盤以降の世界の理不尽さ、他の人が不安に思うからというあいまいな理由で迫害や排除される描写とか、現代の嫌なところがじわっと本当に嫌な感じで描写されていた。
繰り返しでは絶対に見たくないタイプの映画だけど、なんか心に引っかかりを作る丁寧な作りの映画だった。
追記:作家の大前粟生さんという方のレビューを呼んだ。
大前粟生は映画『ドリーム・シナリオ』をどう見たか。A24×アリ・アスターが示す「普通」ゆえの恐怖 | CINRAニコラス・ケイジ演じる「普通の男性」が、ある日人々の夢の中に現れる。小説家・大前粟生が本作に指摘したこととはcinra.net
現実において相手の手を怪我させる程度の事故の当事者となり、言うなれば加害者として「スケールダウン」してしまったポールは、それ以降人々の夢に現れなくなる。悪人としてポールの夢を見ていた人々は、身も蓋もなく言えば彼の「しょぼさ」に目が覚めたのではないだろうか。
この解釈はおもしろいなと思った。たしかにいろんな人の夢にでてくる「なんだか怪奇現象のような未知なる怖い人」よりは「直接的に他人に危害を加えてしまう怒りっぽい中年男性」のほうがわかりやすくてしょうもなくて興味の対象ではなくなる気がする。この映画では徹底的に現実のポールは「つまらない自分からはなにもしない平凡な人」だった。
最後の「やたら肩幅の広いへんてこなジャケット」はポールが無意識にまとっていた肩肘の張った虚勢の姿で、ポールの妻はそれをわかりつつ愛していたのにという読み取り方ができる。
他のレビューでも現代のキャンセルカルチャーの表現だとか、最後の夢インフルエンサーのデバイスはただの詐欺なんだけどポールが一時の栄光に縋っているだとか、ポールが妻の夢に行けているようなシーンも暗示による思い込みだとかいろいろ解釈があって面白かった。
個人的には「平凡な男が身の丈に合わない虚像に振り回されて、痛い目にあって身の程を知って、やっと足るものを知る話」と読み取るのがいいかなと思った。